【2024年2月24日開催イベント参加記②】「瓜生歴史遺産の会会員による博士論文発表会」参加記 篠原佐和子

「瓜生歴史遺産の会会員による博士論文発表会」参加記

篠原 佐和子

 2024年2月24日、福生市民会館で開催された「瓜生歴史遺産の会会員による博士論文発表会」に参加しました。発表者は京都芸術大学大学院博士課程を修了された青海伸一氏、演題は「現代日本に生きる人々の営みの記憶、行為の記憶のアーカイブとしての博物館展示研究」です。

青海氏は東京都福生市の職員で、現在は福生市郷土資料室に勤めていらっしゃいます。発表した研究のきっかけも、郷土資料室において小学生の「むかしの道具調べ」に対応するために、昔とはいつぐらいか学校の先生に確認すると「お父さんとお母さんが子どもの頃」、つまりわずか30年程前という予想外の回答があったことにあるようです。博物館が一般的に展示している昔の資料の年代とのギャップを目の当たりにし、地域で郷土資料室に求められている役割に真摯に対応しようとしたところに、最初の問題意識があったようでした。博士論文では、その研究をさらに発展させ、今後地域博物館では、現在生きている人々の記憶にある時代の資料をどのように扱い、展示を行っていくべきか考察したものとなっていました。

青海氏の博士論文は5章構成で、前半の1-3章では、昔の道具展をはじめとしたモノから想起される記憶の活用としての「回想法」の応用の可能性を探っています。後半の4,5章では、現在及び一昔前のできごとに対し博物館がどのように向き合い伝えているのかを確認する作業を通して、現代資料を収集し、対話づくりの場とすることを博物館の現代的な意義として見出しています。

会場からは、多様な事例を扱っていながらも論文の構成のシンプルな分かりやすさについて、どのような検討から生まれたのか質問があがり、後半については直前まで悩みながら構成を組み立てていったことなど応答が行われました。

発表会の限られた時間では話足りない様子で、青海氏は多くの調査事例を途切れることなく紹介くださいましたが、私の理解が及ばない点も多くあることから、ここでは強く印象に残ったことに言及したいと思います。

まず特徴的と感じたのは、現在進行形のできごとを記録し伝える博物館活動として、新型コロナウイルスの事例を調査対象としていたことです。新型コロナウイルスは2019年12月に中国で最初の発生が報告されていますので、青海氏が論文を提出された2021年度はまさに進行中の出来事でした。修士課程の研究では、なつかしさが生み出す対話に関心を寄せ、一昔前の資料を中心に調査をしていた青海氏が、最終的に、博物館では「現在の資料まで展示できる」、という結論に至り、その結論への確信を深めていくうえで、新型コロナウイルスという現在進行中の出来事に博物館がどう向き合うかという事例調査は、極めて重要であったのだろうと感じました。

そして、現代の資料を博物館で展示していくには難しさもあるだろうと感じました。古いものはわずかしかありませんが、現在のものは無数にあります。これに対して、青海氏はエピソードという視点を提示していました。ありふれたものでも、エピソードとともに収集することで対話を生み出す資料となる、というものです。すべてのものが、特定の文脈では博物館資料となり得るとすると、その無数の現代のものの中から、何を博物館資料にふさわしいものとして、どのようなエピソードとともに収集し展示していくか、学芸員の現在を見る目の確かさがより求められてくるのだろうと思います。

もうひとつ印象的だったことは、再現展示や回想法を意識した博物館の取り組み事例を調査した青海氏は、論文の中だけの考察にとどまらず、福生市郷土資料室の展示リニューアルにおいて、それらを取り入れ、研究成果をまさに実践に活かしていたことです。

午前中までのフィールドワークでも、青海氏が20数年に及ぶ長い学生生活のなかで取り組んだ研究テーマが、縄文考古学、中世の館、博物館展示と、一見バラバラに見えるにも関わらず、どれも福生という地域ではごく自然に繋がっていることに密かな感銘を受けていましたが、博士論文の研究も、まさに郷土資料室における展示によって福生と結びついていました。しかも、博士課程の研究中のほとんどの期間は、人事異動で郷土資料室から離れていたということですから、博士論文を完成させたタイミングで、研究成果を実践できる場に居合わせたことは、本当にめぐり合わせという他ありません。めぐりあわせを活かすタイミングというものは、やはりあるのだろうと思います。

ところで、実は私は、まだ2015年6月、青海氏の最初の郷土資料室勤務の頃に、リニューアル前の展示をご案内いただいたことがあります。当時はまだスマートフォンなどの利用者自身のデバイスを用いた音声ガイドは、それほど普及してはいなかったのですが、青海氏みずからがナレーションする音声ガイドのQRコードが設置されていて、意欲的な取り組みだと感心した記憶があります。できることを手作りしながら実行する、以前と変わらない姿勢で、青海氏が今も取り組み続けていることが印象深く残りました。

そして3点目は、ご発表の最後に青海氏が、博物館は「未来を展示できる」可能性に言及されたことです。まだ明確なことは語られませんでしたが、福生市郷土資料室が展示する未来とは、どのようなものか大変楽しみです。青海氏は自身の責任と立場をよく承知されているので、博物館学的に未来の展示の位置づけを調査して確認するまでは、唐突なことなどには慎重かも知れませんが、都市計画プランやまちづくり活動など、博物館が未来を描く対話の場となる可能性は、直感的に十分ありえることのように感じました。

もちろん、現代資料の収集や展示も、エピソードの収集も、博物館を対話の場としていくことも、未来の展示も、どれも実際に実行するとなると容易なことではありません。青海氏自身、郷土資料室のリニューアル後の再現展示に「福生市を特徴づけるものになっていない」ことを課題として挙げていらっしゃったように、足りないところを承知していながらも、途切れることなく役割を果たし続けなくてはならないことと思います。それでも、着実に地道に前進させ続けていることに、大変励まされる思いがしました。今後の活躍にも期待したいと思います。

(京都造形芸術大学通信教育部芸術学科歴史遺産コース2016年度卒業生)

Be the first to comment

Leave a Reply