【2024年2月24日開催イベント参加記①】「青海伸一氏の欲望に塗れた日」髙橋知可

「青海伸一氏の欲望に塗れた日」

髙橋知可

 さて、2024年2月24日はとても長く、充実しすぎた1日であったことを先ずはご報告しておきたい。「福生!」かつて小平市に住み、今は横浜に住む私であっても、「なかなか遠い」一応、東京都下の開催地である。二の足を踏みそうになりながらも、事前に発信されたレジュメのボリュームと、青海伸一氏のやる気満々(顔が目に浮かんだ)のフィールドワークに「いかねばならぬ」と、意を決して早朝から電車を乗り継ぎ福生を目指した。

前日は雪が舞うほどの冷たい雨だったにもかかわらず、フィールドワーク集合の羽村駅は快晴。青海氏の晴れ男パワーを先ずは実感する。ただ武蔵野を吹き渡る風はとても冷たく、雪国育ちの佐野さんを怯えさせていた。青海氏のフィールドワークは玉川上水の取水堰とその工事にまつわる話のはずであったが、水脈への執念に満ちた「まいまいず井戸」、遺跡や遺物があふれる「縄文時代の生活地」、江戸時代以来の「蔵が並ぶ金持ち旧家!」など、まず(青海氏が)話さなければならない地史だらけで、本命の取水堰にはなかなか到達しない。しかしそれは青海氏が仕掛けた玉川上水を紐解くための布石(と、理解)であった。川の流れと土地の高低、そして水脈、人の営む所はそれに左右され定まっていく。青海氏はそれをはるか縄文時代(因みに最初の大学卒論テーマはこれだそう)から辿ってみせたのだ。住宅地が開発される小高い丘に「かつて城があったはず!」と確たる史料も無しで卒業論文が書けるほどに土地の成り立ち、理屈を知り尽くす氏だからこそである。玉川上水がどういうわけか登って流れる場所(未だしっくり理解できず)、住んでいる人は一生気づかぬ玉川上水が湾曲する密かな名所、「嘉泉」で名を成す田村酒造が自分の土地にまんまと上水を引き込む豪奢ぶりを解説すれば、都合よく番頭さんが自転車であらわれ気安く話しかけてくる。こんな解説は二度と聞けないし、説明できる人もいないだろう。さながら、玉川上水フィールドワークは青海氏の半生を賭した「地域LOVEフィールドワーク」であった。

そして、いよいよ午後の博士論文発表会&福生市郷土資料室見学へ。

「地域LOVEフィールドワーク」が蓄積され、その記憶が視覚化する「現代日本に生きる人々の営みの記憶、行為の記憶のアーカイブとしての博物館展示研究」である。

内容もさることながら「旺盛な情報欲」とその「情報の整理術」に圧倒される。600以上の展示を巡ったという尽きることのない知識欲と情熱に先ずは脱帽であるが、その巡った各所の仕掛け、意思、溢れる情報がfacebookを記録媒体として整理されていたというのだ。なんとも合理的ではないか。(あ、しかしくれぐれもメタの動向にはご注意を。いつ何時クロージングされてしまいアーカイブが無に帰すとも限らないので)それはさておき、記録の分類術は参考になった。我が身に置き換えてみれば、四六時中「あれはどこに書いてあったっけ?」「これはどこから引用したのだっけ??」と探し回る日々である。今もまさに参照した画像の出どころがわからず、典拠を論文に記せずにいる。さほどに情報の整理は困難を極めるのが常である。しかし青海氏の脳にはどうやらインデックスがついた棚があるらしい。時々それがパカっと開いて天使降臨さながらに3000字の文章が舞い降りてくるのだとか。ポアロの灰色の脳細胞並みに羨ましい限りであるが、青海氏の灰色の脳細胞は自身の記憶のアーカイブにとどまらず、人類の記憶をアーカイブしようとしているらしい。そしてそれをいかにすればストレートに受容できるかという視覚化のアイデアを創出し、具体的な装置を仕掛けている。さらに、さらに、仕掛けた装置を目にした人々が吸い込まれるようにコミュニケーションをとり、次なる記憶へと連鎖していく様子を、青海氏は期待して、ほくそ笑んでいるのだ。まさに「連鎖する人類の記憶のアーカイブ」である。

おそらく、青海氏の行為、記憶のアーカイブ欲はまだ満足していないのだろう。研究とはニッチなところを掘れば掘るほど底なし沼で、尽きることのない知識欲に塗れるものだから、きっとまだまだ拡大し続けるのだろう。そして、そんな青海氏のマニアックな研究にまた触れてみたいと思う自分がいる。

なにしろ、複雑な旨み成分が凝縮された「煮凝り」を堪能したかのような1日であったのだから、おかわりを所望したいのは当然である。懇親会での最高のペールエールと共に!

最後に、こんなアメイジングな1日を企画してくれた青海氏と実行委員の皆様に篤く感謝を申し上げたい。

(京都造形芸術大学通信教育部芸術学科歴史遺産コース2014年度卒業生)

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