伊東忠太について特出すべきことをいくつか挙げます。
大学院生だった時法隆寺の研究に取り組み「法隆寺建築論」を発表し、法隆寺が世界最古の木造建築であることを突き止めたそうです。
明治35年から中国・ミャンマー・インド・中近東・トルコ・ギリシア・欧米各国と3年半かけて建築調査に出かけています。
法隆寺に影響を与えた建築を探しに行ったそうです。
平安神宮・明治神宮のような伝統的な建築と真宗信徒生命保険会社や築地本願寺のようなインド風?イスラム風?の建築。
私には同じ人によるものとは思えませんでした。
明治時代に日本を飛び出し、3年もかけて中国・インド・エジプト・トルコ・ギリシア・ヨーロッパへと旅して、目にした建物を撮影し、スケッチし、心に刻んだ。今なら地球上のほとんどどこの建物でも手に取るように見ることができるけれど。100年以上前のことです。想像できますか?伊東忠太が心に刻んだものを。
伊東忠太は建築家と言われたり建築史家と言われたりしているそうですがその人物像は定まっていないようです。伊東忠太を知るには今も使い続けている建物を見るのが良いのではないでしょうか。
伊東忠太が作った建築物があなたに何を語っていますか?
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